安福寺

心道山 安福寺(しんどうざん あんぷくじ)は、京都府南部 木津川市にある、法然上人の教え「南無阿弥陀仏」を説く、西山浄土宗の寺院です。
開基は長保三年(西暦1001年)恵心僧都と伝えられています。

御本尊は平重衡の引導佛と伝わる、阿弥陀如来坐像(木津川市文化財指定)であります。
本堂は、通称「哀堂(あわんどう)」とも呼ばれており、重衡の死を地域の人たちが哀れみこうよばれるようになった。

平重衡について

平重衡(1157~1185)は、平清盛の五男として生まれた。母は正室の平時子で、宗盛、知盛の同母弟にあたる。平家の一門でも武勇にすぐれ源平の争乱では、平家方の主力として活躍し、「武勇の誉れある御仁」として知られていた。その上、牡丹の花に例えられるほど華やかで気品のある美しい男だったと伝えられている。

平重衡は、一ノ谷の合戦で捕らえられ、鎌倉に送られた後、源頼朝に丁重に遇される。
しかし、東大寺、興福寺の焼討を憎む南都衆徒の強い要求により木津川の河原で処刑されることになった。
法然上人より「南無阿弥陀仏」の御念仏を授かっていた重衡は、侍者に頼み近くの古堂より阿弥陀像を運び出し、重衡の前に安置した。

御手に掛けた紐の端を、重衡が合掌の中に収め、「一念弥陀仏 即滅無量罪 願わくは逆縁を順縁とし最後の念仏によって浄土に迎えられますように 南無阿弥陀仏」と念仏を唱え斬首されたという。

十三重之石塔

境内西側にある十三重之石塔は、寺伝によると木津川畔で処刑された平重衡の首から下(胴体)が埋葬されたと伝えられている

首洗池(くびあらいいけ)・不成柿(ならずがき)

同寺の北西には、「首洗池」と称する池が残り、文字通り重衡の首を洗った池と伝わる。首洗池は直径約一・五メートル。ミズハギなども植えられ、季節には水面を彩る。 その側には不成柿と呼ばれる柿の木がある。平重衡が最後に食べた柿の種が生長したもので、柿の実が成らないと伝えられている。

庚申堂

大宝四年(西暦704年)二月十五日、摂津国天王寺正善院毫範僧都開基と伝えられている。
御本尊は、青面庚申金剛明王が祀られている。

庚申とは60日に一度めぐってくる、庚(かのえ)申(さる)の日を意味しており、この日の夜に眠ると、人間の体の中から三尸の虫が抜け出し、帝釈天にその宿主の罪悪を報告し、その人間の寿命を縮めると言われている。ところが、三尸の虫は、人間が寝ている間にしか体から脱け出せないので、そこから庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われるようになった。これを庚申待ちという。いつのころからか、庚申待ちには、この青面庚申金剛明王を本尊として拝むようになった。
また、安福寺では五穀豊穣をもたらすとして、地域の方々に信仰されている。

樹齢70年~80年のソメイヨシノの古木。
境内には五本あるが二組が対に植えられており、満開の時期には大きな一つの桜のように見え存在感があります。

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